歌舞伎では、プログラムのことを「番附」と呼ぶそうですが、その番附のなかで、
市川笑也は役作りについてこう言っています。
「(兄橘姫・弟橘姫とみやず姫では)本当に三人ともぜんぜん違うんですよ。それぞれの哲学の違いというのもあるかと思うんですが、例えていうとリズムが違う。お姉さんがワルツだとしたら、妹はもう少し速い曲。みやず姫になるとロックが入ってくる感じ」
これは、タケルへの愛情つまり恋愛観を表してのことでしょう。
お姉さん(兄姫)は、ゆったり構えていて、ちょっとやそっとでは動じない。しかも陰に隠れて引っ込んでいる物静かなタイプ。
妹(弟姫)も控えめではあるけれど、自分の素直な気持ちを表現するのは上手だし、なにせ愛する男のためなら身を投げることだってできるのだから、身の処し方ってのはわきまえてる。
方や、みやず姫は素直すぎるあまり世間体やタブーなど気にせず、言いたいことはバシバシ言うタイプ。典型的なお嬢様とでも言うのでしょうか。
「三人の中で一番情熱的なのって実は、兄橘姫かもしれませんね。タケルのことをずっと待っていられるというのも情熱あってこそ、のものですから。言ってしまえば、浮気しても自分のところに帰ってくるという自信もあるし。やっぱりそれってワカタケルという子供を授かっているところが大きいんでしょうね。今ふうに言うならいわゆる勝ち組ってところでしょうかね」
このコメントは意外でした。そもそも役ではそこまで表現する場面がないのですが、明石の浜の場面からもわかるように、いざとなったら強い女性です。それこそ、他を押しのける圧倒的な力(愛情)があります。冷静さを持つ反面、情熱も併せ持っている二面的な女性なのでしょう。
私は、まだ幼いワカタケルの手を引いて亡き夫の墓参りをする兄姫は、おだやかすぎる表情で、すべてをこの子に託すかわりに自分の幸せはなげうってしまったというような一種の諦観なのか、物足りなささえ感じる雰囲気に寂しさを感じましたが、そういう見方もあるのかなと。ただ遺された者にとっては寂しさはたえずつきまとうのでしょう。